2008年01月23日

生き抜く

1月13日 13時50分
スパースターが永眠した。
葬儀場の関係で、20,21日にようやく葬式を済ますことが出来た。
娘が言うのもなんだけど
スパースターらしい葬儀だった…。


8日に意識不明に陥ってからは一進一退。
抗生剤で熱を下げても、点滴が切れれば再びまた上がりだす。
この繰り返し。
ジワジワと、しかし確実に体力を奪われていったように思う。

主治医は、もっと痛かったはずだろうに と言っていた。
今となっては、確かめる術もないが
心配をかけまいと我慢をしていたのだろうか?

ダルいダルいとしきりに訴えるので
体を何度も何度もさすってあげたが
そのさする手にガンと思われるしこりが大小様々触れ、憎々しく思えた。
コイツが勝手にどんどん増殖し、蝕んでいるのかと思うと
その手で触れながらどうしようもできないのかと思うと
本当に腹が立った。

最期まで希望は失って欲しくなかったので
努めていつも通りに声をかけた。
変にメソメソしたり、別れを惜しむような声はかけたくなかった。
呼吸困難に陥る父に
「落ち着いて深呼吸して、大丈夫だから」
そんな声しか掛けなかった。

十分頑張っていたから、この世に未練が残るような声も掛けたくなかった。
最期はいろんな意味を込めて
「大丈夫」としか言えなかった。

でも、自分勝手かもしれないけど
やれることはやった。
言葉にはできなくても伝わった。
と妙に納得している。
…いや、父が私を納得させるような逝き方をしてくれた。

結果は残念なことになったけれど
私達家族は、幸い悔いを残さない治療ができたと思っている。
(実際、父の気持ちはもう聞くことはできないが)

人は本当に死ぬ瞬間まで生きようとするものです。
死ぬまで生き抜く
それだけは父を看取ってはっきりと実感したこと。
これは大きな財産なんだろうなぁ。
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2008年01月08日

急変

職場で携帯を置いたまま席を外している最中に
「父急変」の知らせが入っていた。
最初の報はおよそメールに気付く30分前。
慌てて職場を出るが、病院まではどんなにがんばっても
1時間半以上かかってしまう。

最寄り駅まで小走りで向かう途中、
「意識戻る」との続報が入り事なきを得る。
しかし、遠い…遠すぎる。

病院へ着くと、二人部屋に変えられており、そこを一人で利用していた。
しかしものすごく重篤という感じは受けず、
昨日同様点滴と鼻からの酸素供給のみ
という状態は変わっていなかった。
母の「(私の名前)が来たわよ」との問いかけに
「ふーん」とはっきり応えた。
その後来た社員の呼びかけにも応え、
また「ダルい、ダルい」と訴え、
役員クラスの方々が1時間近くも
父の足をさすっていってくれた。


医者の説明によると、朝からおかしかったらしい。
看護師が様子を見に行くと
ボックスティッシュの上の部分を大きくちぎり
中のティッシュをお箸でつまんで食べようとしていた(?)ようだ。
脳の転移が何か悪さをしていると考えたようだが
そうこうしているうちに、昼過ぎ意識不明の状態に陥った。
昼食の誤嚥もあったようで、
とにかくその時点で熱が39度まで上がっており
感染症が考えられたので、通常の2倍量の抗生剤が投与された。
そして約1時間後に意識が戻ったというわけだ。

尿道に管を通しており、感染症は
それが原因の可能性が1番高いそうだ。
但し、ガンはすでに内蔵からリンパ、骨、筋肉…
とにかく全身に広がっており
原因の特定は難しいようだ。
朝の出来事があったので脳のCTもすぐにとったが
こちらは予想外の進展はなく
やはり急変の原因は現在のところ特定できないとのこと。

全身(特に足)のダルさは体中に広がったガンと
脳に転移したガンの影響だと言われた。

抗生剤によりとりあえず小康状態にはなるが
もういつ何が起きてもおかしくないらしい。
延命装置をどうするかなども家族で決めておくよう促され
いよいよ来るべき時がきてしまったと
腹をくくらざるを得ない。

昨日車椅子に乗って廊下から見える
「富士山をみたい」と言われ、
「今日は雨だから見えないよ」と言ったら
「じゃあいい」とあきらめてしまった。
あのとき雨でも動かしてあげれば良かったかな
とちょっと後悔している。
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2008年01月07日

甘え

年明けから再開した放射能治療のせいなのか
しきりに「足がダルいダルい」と言う。
自分で動く部分だけでも動かせば、
多少は血行が良くなってダルさも軽減されるのだろうが
あくまでも他力本願だ。

見かねて母がマッサージをするが
元々指先に力の入らない母に持続力はなく
ちょっと手を休めると容赦なく
「ダルい」とダメ出しがくる(笑)。
そうなると私や姉が交代するのであるが
父がウトウトし始めて手を休めると、
やっぱり「ダルい」とダメ出しがくる(笑)。

それも「やってくれるかなぁ」とお願いしてくることは一切なく、
ただ誰かがやってくれるまで「ダルい」と言うだけ。

昔から肩が凝っても、誰かに「肩叩け」とか
それが叶わなければ、マッサージ機器を買うとか
出張鍼灸師に来てもらうとか…
自分で改善の努力をすることはなかった。
病気になっても気持ちを改めるなんてことはないのね。

父らしいと言えば父らしいのだが、
病人相手に何となく釈然としない気になってしまうのは
やはり私が娘だからだろうな。
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2008年01月06日

食欲

あまり食事が取れないとのことで
栄養補給の点滴が新たに追加されていた。

持って行った いただき物のメロンを1/3個
院内の喫茶店でフローズンドリンクを1杯
決して食欲がないわけではないようだ。
恐らく、病院食が不味いことと、
ただ食事を置いていかれても、体が思うように動かず
食べる気力が湧かないのではないだろうか?

下半身にはますます力が入らなくなっているようだ。
あと5回の治療で、QOLはあがるのか少し不安になる。
せめて家の狭いトイレを使用できる程度
―トイレ前に車椅子を乗りつけ、便座に座れる程度
回復してくれないだろうか。
そうすれば帰ってこれるのだけど…
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2008年01月04日

二度目の正月

ガン告知をされてから、2度目の正月を迎えた。
当初、余命半年と言われたのだから、上出来なんだろう。

けれど2日、楽しみにしていた外出許可。
おりませんでした…。

大晦日から少し微熱があり、
酸素も鼻からチューブでとることになった。
脳転移の影響で口頭蓋への信号が鈍くなり、誤嚥を起こし
咳き込むことで軽い肺炎にかかっているそうだ。

また脚力もさらに落ち、車椅子に移ることも一苦労になった。

そんな訳で結局、外出許可はおりず
社員の来訪も急遽中止。


ただ本人も自分の体力に自信がなかったのだろうか?
思いの他あっさり外出できないことを納得していた。
とりあえずここは焦らず、11日までの放射線治療に専念し
とにかく家に帰れる程度のQOLまで回復して欲しい。
posted by ふつつか娘 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

暗雲

昨日は粗相をしたらしい。
自分でも気付かなかったとのこと。
下半身の感覚が鈍ってきているのだろうか?

ここ3日くらいは、ベットのリクライニングで
起き上がっているのも辛そうになってきた。
どうやら相当痛むらしい。

それでも正月に、社員を招くことは楽しみ(生き甲斐?)にしており
自分が病院に戻った後も、ゆっくりしてもらうために
カラオケをリースしておけ などと言ってくる。

それはともかく…
家に帰るまで間、車で座っていられるのだろうか?
門から玄関までの2段の段差を上手に上げてあげられるだろうか?
帰ってきて欲しい反面、不安…。
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2007年12月26日

帰宅許可

脊髄のCTの結果、ガンは脊髄の中じゅうに広がっているとのこと。
腫瘍のまわりの浮腫をとるために、ステロイド大量療法を
試みるがあまり効果が得られず、依然足に力が入らない。

10番目の背骨にあるガンが大きく、足の機能に影響しているのと思われるで、
QOL向上のため放射線を当てることにした。
今日から来月11日まで、土日と三が日以外は局所に放射線。

どうやら今日はその副作用で体に脱力感があるようだ。
自分の力で座ることができず、
リクライニングを使って体を起こし、食事をとった。
病院食には食欲がわかないが、干し柿とデコポンを食べた。
相変わらず吐き気等の副作用が起きないのが唯一の救い。

おそらく最後の正月になるであろうが
外泊は勧めないとのこと。外出許可だけになりそう。
父は医師や看護師に、
社員が正月に来るから帰らなくてはいけない
と言っているようで、それを叶えてあげなければということのようだ。

放射線治療が効けば、もう一度自宅に帰ってこれるだろうが
効果が表れない場合、徐々に下半身麻痺へと進むそうだ。

また、尿道に管を通したのは尿道と直腸に障害が出たからとのこと。
父もいちいち看護師を呼び、用をたすのは
以前から頼みにくかったので
これをつけたことに対しては楽になったと喜んでいた。

せめて数日で良いから、もう一度家で生活ができると良いのだけど…。
posted by ふつつか娘 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

元気な証拠

はじめて看護師ともめたようだ。

今までは特別室で入院していたが、今回は空室がなく一般病棟に入院した。
ただ本人は、大部屋(4人)が気に入ったようで
「特別室の予約はしなくていい」
と言っていた。
しかし看護師の質は少し落ちるのか
ナースコールをしてもなかなか来てくれない。
足に力が入らず、思うように動けないから呼んでいるのに
すぐに対応してもらえなかったので、怒鳴りつけたようだ。


そうかと思えば、
「夜中に何度もナースコールをするのは申し訳ないから退院する」
と言ったりもする。

おいおい、家族には申し訳なくないのかふらふら

と相変わらずな父ぶり。
ま、頭はしゃんとしている証拠か?
怒鳴る元気や、他人には気遣いする元気があるなら
良しとするか。
posted by ふつつか娘 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

再入院

月曜に安定していると言われたばかりなのに
案の定、調子が悪くなっていた。
検診のあった翌日くらいから足元がふらつくようになり
はじめは痛み止め等の薬のせいで平衡感覚が鈍っている程度に考えていた。

ところが、時間が経てば経つほど足に力が入らなくなり
昨晩は何度も転びそうになった。今朝になるともっとひどい。
朝の腰痛も強くなったようだ。

そこで主治医へ電話をし、状況を説明すると
病院へ連れて来いと言われ、
診断してもらったら、やっぱり入院。
月曜に診てもらったのに、あの時は何を診ていたんだろう?

細かい検査は明日以降になるが、
今日の診立てでは、おそらく脊髄のガンが何かを圧迫しているため
足にその影響が出ているのだろうとのこと。
また脳もだいぶむくんでいるので、再び脳圧を下げる点滴もやっていくらしい。

そんなになりながらも入院をしたくないためなのか
医者や看護師には
「痛いところはない」「しびれもない」「ボーっとすることもない」「眠気はない」
と、症状を正しく伝えない。過小評価をする(笑)



また17日の診断内容も含め、姉がもう一度主治医から話を聞いたところによると
どうやら母が聞いてきた安定という言葉は、低め安定のことのようだ。
良くもなっていないし、悪くもなってない。
良くなっていませんねとは言い難いので安定していますってことなのだろうか。
posted by ふつつか娘 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

安定?

退院後発の定期健診。
退院の説明時には、当初年明けに診察に来るよう言われたのだが、
あまりにも不安だったため、母がその場で訴え早めてもらっていたのだ。

退院した翌週から、会社へ出勤したがり
父が顔を出した方が良い取引先への挨拶等
1日本当にわずかな時間だけ仕事をしている。
その度に車で送り迎えをしてくれ、
重役も必ず一緒について来てくれるので
我家としては有難い限り。

若干そうした疲れはあるように見えるが
大きな変化はない。

ただ、夜中に頻繁にトイレに起きることと
(実際たいして排泄している訳ではないようだ)
朝は強く痛むようでオキノーム散が必要なこと
が入院前と違うところかな。

担当医からは「安定している」と言われて帰ってきたようだが
検査は血液と肺のX線のみ。
安定ってどこでわかるのだろう?
posted by ふつつか娘 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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